田賀亮三 遺作展
ごあいさつ
10月1日に亮三が他界しました。脳出血で倒れてから18年近く、その後遺症で物事が理解できない状態で、だから精神的な苦しみを感じることがなくて生き続けることが出来たのかもしれません。今 長い闘病生活から解放され、ほっとしているのだろうと思うことにしています。密葬は身内で済ませましたが、この度 友人有志の方々のご尽力で遺作展と偲ぶ会ができることになりま した。
お出かけくださり、元気だった頃の亮三を思い出して頂ければ嬉しく存じます。
田賀テイ
略歴
1930年3月25日
東京都渋谷区代々木西原に生まれる
1941年
富山県高岡市下関小学校卒
1945年
金沢二中卒
1946年
金沢美術工芸専門学校漆工科入学のち洋画科に転科
1952年
同上卒業、研究科一年座籍
1953年
研究科終了
1957年
アテネフランセ卒業
東京日仏学院勤務(秘書、教師)’72まで
1959年
自由美術展初出品以後1990年まで毎年出品
1961年
個展(東京 櫟画廊)
1962年
自由美術協会会員
1963年
個展(東京 おぎくぼ画廊企画)
1964年
パリ国立高等美術学校へ、フランス政府給費留学生として留学
(シャプラン・ミディ教室)
1965年
パリ大学都市各国留学生コンクールで第二席受賞、同年帰国
1970年
自由美術賞受賞
1971年
受賞作家選抜50人展(東京 吉井画廊・松坂屋)
文化庁現代美術選抜展要請
1973年
日本アンデパンダン展出品(’76年まで)
1974年
個展(東京 藤好画廊企画)
1975年
個展(東京 日本画廊企画)
以後、’76年、’79年、’81年、’83年、’85年、’87年、’89年、
その間グループ展数回(日本画廊)
1977・81年
個展(東京 愛宕山画廊企画)
1983年
個展-水彩-(東京 たけいし画廊企画)
1984年
個展-水彩-(東京 ギャラリーOlive)
以後’93年まで殆ど毎年