斎藤史郎作品展 ―海と断崖と親爺―
展覧会に寄せて
初めて油絵の絵筆をとったのは50年余り前。二十歳のころだ。その後仕事に追われ長く中断したが20年近く前から時折り再び絵筆を握りしめるようになっていた。本格的な個展は今度で5回目。規模はこれまでで最大。新旧・大小合わせて40点を展示する。 タイトルは「海と断崖と親爺」とした。
断崖を描き始めたのは10数年前。知床の海を初めて訪れたのがきっかけだった。沖合の舟から陸を眺めると、数百メートルもあるだろう断崖の上に一軒、人家らしき建物が見えた。ほかに何もない。いったい誰が住んでいるのだろうか。風雪に耐えひとり生きる人の心を思い、絵に描ければと思った。
6,7年前にはスペイン・バスク地方に「ガステルガチェの断崖」を訪れた。急峻な崖がやはり数百メートルも続き、簡単には人を寄せ付けない。足元には大西洋に連なるビスケー湾の波が激しく打ち付けていた。頂きには教会がある。厳しい自然の下で神と対峙する場なのだろう。130号の大きなキャンバスと格闘し、数か月で描き上げた作品は文科大臣賞を受賞した。 最新作の「断崖に小舟」は初冬の津軽を訪れた時に出くわした風景である。断崖に立つと眼下には日本海の波が打ち寄せていた。目を凝らすと小さな舟が懸命に白波をかき分けて陸に向かっていた。 描いてきた対象は他にもいろいろあった。壊れかけた作業小屋や北の大地で苦闘する一軒の農家。遠く海を眺める一羽の鷺やスペインの田舎町で見かけた岩壁にたたずむ鳩。何を眺めていたのだろうか。人間なら老人に惹かれる。50年前に描いた長野・白馬村の老婆。イスタンブールの街で出くわした杖つく親爺、クロアチアのおばさん。どの顔にも厳しさに耐えてきた歴史が刻まれ、いい顔をしていた。
既にご覧になった作品もあると思われるが、時には初期の作品から通してみていただくのも一興かなと勝手に思い、ほぼ全作品を改めて展示することにいたしました。時代を超えた、強さ、確かさ、時には優しさが描ければといつも思っています。ご高覧、ご批評いただければ幸いです。
2024年2月 斎藤 史郎
略歴
美術団体二元会常任委員 日本美術家連盟会員
1969-72年 慶応義塾大学パレットクラブ所属 1972年 日本経済新聞社入社 1974年 二元展入選 (創作活動中断、この間、ニューヨーク特派員、編集局長など) 2007年 活動再開 (2009-2011年 日本記者クラブ理事長) 2011年 二元展新人賞受賞 2012年 ジャンセン美術館アートスペースで第1回個展 2014年 梅津五郎芸術賞展入選 2015年 二元展大阪府知事賞、世界絵画大賞展シニア賞 2018年 二元展文部科学大臣賞、永井画廊「日本の絵画」入選 2019年 金谷美術館コンクール特選など